リングモジュレータと半導体の相性が悪い
| 入力 A (キャリア) | 入力 B (モジュレーター) | 出力 VOUT の周波数 |
| 440Hz(ラの音) | 10Hz(低いLFO) | 450Hzと 430Hz |
1. 順方向電圧(Vf)以下の低レベル信号での問題
これは最も根本的なデメリットです。ダイオードは電圧が順方向電圧(シリコンダイオードで約0.6V~0.7V)に達するまで十分に導通しません。
スレショルド(閾値)問題:
現象: キャリア信号(局部発振器信号)の振幅が小さく、ダイオードのVfを十分に超えない場合、ダイオードはスイッチング動作をしません。その結果、変調信号がどれほど大きくても、出力はほとんど得られません。
影響: 回路を動作させるためには、局部発振器(LO)入力に十分な高さの電圧(通常、Vfの2~3倍以上、例えば1.5Vp-p以上)を印加する必要があります。これは低電力での使用を困難にします。
精度低下(低レベル信号の消失・歪み):
現象: 変調信号(入力信号)の振幅がVfと同程度、またはそれより小さい場合、その信号自体がダイオードをオン/オフするのに不十分です。変調信号の正負の半波が非対称に処理され、ひずみが生じます。
影響: 小さな変調信号は、正確に乗算されず、出力から「消失」したり、大きく歪んだりします。このため、リングモジュレータは「低レベル変調」には不向きです。
2. 温度特性
ダイオードのVfは温度に依存して変化します。シリコンダイオードの場合、温度が上昇するとVfは低下します(およそ-2mV/℃)。
動作点の変動:
現象: 周囲温度や自己発熱によりダイオードの温度が変化すると、スイッチングが開始される電圧(Vf)自体がシフトします。
影響: ある温度で最適化された回路動作が、別の温度では最適ではなくなります。特に、LO信号の振幅がVfぎりぎりの場合、温度が上がると過剰導通、下がると導通不足となり、特性(キャリア漏れ、変調精度)が大きく変化します。測定器や通信機器など、温度環境が変動する用途では大きな問題です。
3. 4つのダイオードのマッチング(不整合)
理想的なリングモジュレータは、4つのダイオードが完全に同一の特性を持つことを前提としています。現実には、個体差があります。
キャリア漏れ(Local Oscillator Leakage):
現象: ダイオードのVfや直列抵抗が一致しないため、LO信号が変調信号側や出力側に不平衡的に漏れ出します。出力に元のLO周波数成分が現れ、これは不要な信号(妨害)となります。
信号漏れ(Input Feedthrough):
現象: 同様の理由で、変調信号がそのまま出力側に漏れてしまいます。これは変調信号そのものやその高調波として現れ、目的の積和信号(Sidebands)を邪魔します。
高調波歪みの増加:
現象: ダイオードの特性のバラつきにより、スイッチング動作が非対称になります。これにより、理想的な乗算結果である(ωc ± ωm)以外の不要な高調波成分(例えば、3ωc ± ωm, ωmなど)が増加します。
変調精度の低下:
現象: 不平衡により、変調信号の正負の半波が異なる利得/位相で処理されます。これにより、AM変調器として使用した場合の線形性、或是周波数ミキサーとして使用した場合の変換損失がダイオードごとに異なり、全体の性能が最も悪いダイオードに引っ張られます。
4. リニアリティ(線形性)の問題
ダイオードのV-I特性はそもそも指数関数的(ショックレーのダイオード方程式)であり、線形素子ではありません。
スイッチング動作による非線形性:
現象: リングモジュレータは、ダイオードをオン/オフのスイッチ(線形素子)として動作させることで、擬似的な乗算動作を実現しています。しかし、実際のスイッチング遷移は瞬間的ではなく、オン状態でも微小な非線形性(微分抵抗)が存在します。
影響: この非線形性が、LO信号の高調波と変調信号の乗算を生み出し、不要な混変調製品を発生させます。これは、広帯域で高いダイナミックレンジが要求される用途(例えば、受信機の第1ミキサー)では深刻な問題となります。
変調信号の大きさによる影響:
現象: 変調信号の振幅が大きすぎると、ダイオードのスイッチング状態(オン/オフ)に影響を与え、LOによる理想的なスイッチングが乱されます。これは実質的に利得の圧縮(コンポレッション)を引き起こし、強力な不要信号が入った時の相互変調歪み(IMD)の原因となります。
5. その他のデメリット
周波数特性の限界:
ダイオードには接合容量(Cj)があります。高い周波数では、この容量が信号をバイパスし、スイッチングの応答速度を制限します。特に、オフ状態からの回復時間(逆回復時間)が高速でないダイオードでは、高周波での性能が大幅に劣化します。
変換損失:
理想的な可逆素子ではないため、入力信号の電力が熱などに変換され、出力信号は必ず入力信号より小さくなります。一般的に数dBの変換損失が発生します。
ドライブ要件:
良好なスイッチング動作を得るためには、LO入力に十分な電力(しばしば+7dBm以上)を供給する必要があり、駆動回路の設計に注意が必要です。
まとめ
これらのデメリットは、リングモジュレータの性能を「理想的な乗算器」から遠ざける主要因です。高精度、高線形性、広ダイナミックレンジが要求される現代のアプリケーションでは、これらの問題を克服するために、以下のような対策が講じられています。
対策例:
マッチング: 同じロットからのダイオードの選別や、モノリシック・ダイオード・ブリッジ(4つのダイオードを一つのパッケージに封入したもの)の使用。
バイアスの付与: 小さな順方向バイアスをかけてVfのハードルを実質的に下げ、低レベル信号の扱いを改善する。
温度補償: 温度敏感な抵抗器などを用いて、バイアス点を温度に対して安定化させる。
アクティブな解決策: FET(特にPINダイオードや高周波用アナログスイッチ)や、Gilbert Cellなどのアクティブ・ミキサーの利用。これらはVfの問題がなく、より優れた線形性とポート間のアイソレーションを提供できます。
| 特性 | 従来のダイオード | 理想ダイオード回路 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 順方向電圧 (Vf) | 約0.6V(問題の根源) | ~0Vに改善 | 最大の利点 |
| リニアリティ | 低い(指数関数的) | 高い(線形化) | 歪みが大幅に低減 |
| マッチング | ダイオードの選別が必要 | オペアンプ/抵抗の精度に依存 | 再現性向上 |
| 周波数応答 | 高い(GHz可能) | 低い(オペアンプのGBW/SRに制限) | 理想ダイオードの最大の弱点 |
| 温度特性 | Vfの温度ドリフト大 | オペアンプのオフセットに依存 | 改善されるが、ゼロではない |
| 回路規模/電力 | 小/低(受動) | 大/高(能動) | 複雑化、電源必須 |
| コスト | 安価 | 高価 |
結論:
理想ダイオード回路は、低周波・高精度・高線形性が要求されるアプリケーションにおいて、従来のダイオード・リングモジュレータの根本的な欠点を劇的に改善します。 オーディオ周波数のリングモジュレーションや、計測器の精密ミキサーなどには極めて有効です。
しかし、高周波・高速度が要求される無線通信(RF)の分野では、その周波数制限が致命的であり、依然として従来のダイオードや、FETスイッチ、Gilbertセルなどのアクティブミキサーが優位です。
用途に応じて、これらのトレードオフを慎重に評価して技術を選択する必要があります。
| 特性 | 従来のダイオード | 理想ダイオード | ゼロクロス+SPDT |
|---|---|---|---|
| 核心原理 | 受動、電圧駆動 | 能動、フィードバック線形化 | 能動、タイミング駆動 |
| Vf/スレショルド | 大問題 | ~0Vに改善 | ~0Vに改善 |
| リニアリティ | 低い | 高い | 高い |
| マッチング/漏れ | 大問題 | 改善 | 原理的に大幅改善 |
| 最大の弱点 | Vfとマッチング | 周波数応答 (GBW/SR) | 伝搬遅延 (位相誤差) |
| 周波数適性 | 高い (RF~GHz) | 低い (主にオーディオ~低周波) | 中~高 (DC~数百MHz) |
| 回路規模/電力 | 小/低 | 大/高 | 中/中 |
結論:
ゼロクロス検出とSPDTスイッチを組み合わせた方式は、中程度の周波数帯域(例えばDCから数十MHz、高速な部品では数百MHz)において、最高クラスの性能を発揮する現実的かつ優れたソリューションです。
強み: Vfの問題がなく、マッチングが不要で、漏れが少なく、線形性が高い。
弱み: 伝搬遅延による位相誤差が高周波での性能を制限する。
このため、高周波RFミキサーというよりも、オーディオ信号処理、計測器、低中周波の通信システム、同期検波器など、高精度かつ比較的広帯域な乗算器が要求される場面でその真価を発揮します。伝搬遅延を補償する高度な技術を組み合わせれば、さらに高周波域への応用も可能となります。
困ったときの乗算専用IC
専用ICを使いたくない。
オペアンプ間のダイオードはダイオードのvf間はキャンセルしてしまう魔法が存在する
非常に専門的で鋭いご質問です。オペアンプの出力にダイオードをつなげた回路、特にアクティブ整流回路(Active Rectifier)やプレシジョン整流回路(Precision Rectifier)と呼ばれる回路で、ダイオードの順方向電圧 Vf VFとも表記)が無視できるような動作をするのは、オペアンプの持つ**「非常に高い開ループ利得(オープンループゲイン)」と「負帰還(ネガティブフィードバック)」**の原理を利用しているからです。
これが「Vfを無視する」ように見える理由を、オペアンプの基本動作を使い分けて詳しく説明します。
💡 動作原理:仮想短絡と高利得
この回路では、オペアンプはダイオードの Vf を打ち消すように動作します。
1. 仮想短絡(Virtual Short)の維持
オペアンプを使った負帰還回路(アクティブ整流回路など)では、入力端子(V+とV-)の間に**仮想短絡(Virtual Short)**という状態が成立します。
2. ダイオードの Vf の打ち消し
今、反転増幅器の構成でダイオード D が負帰還ループ内にあるとします。
信号が入力されると: 帰還経路(フィードバックループ)には、ダイオード D と抵抗 R が入っています。
オペアンプは Vf を検知する: オペアンプは、負帰還端子(V-)の電圧と非反転端子(V+)の電圧(通常はGND)が等しくなるように、出力電圧 V_OUT を変えます。
オペアンプが出力を駆動する:
ダイオード D が順方向に導通するために必要な電圧 Vf(シリコンダイオードで約0.6V〜0.7V)は、フィードバックループの途中で発生する「損失」と見なされます。
オペアンプは、Vfによる損失を補償し、V_in / R_in に対応する電流がフィードバックループを流れるように、出力を Vf だけ余分に高く(または低く)駆動します。
3. Vfが出力には現れない理由
オペアンプの出力電圧 V_OUT(OpAmp) は、次のようになります。
しかし、回路の最終的な出力は、ダイオード D の後から取り出されます。
オペアンプの出力から Vf 分の電圧降下を引いた後の電圧が、フィードバック端子に戻ってきます。
オペアンプは、フィードバック端子の電圧が V+ と一致するように働いた結果、最終的な出力には Vf がほとんど現れず、理想的な整流電圧が得られるのです。
まとめ
この回路は、オペアンプの高い利得を利用して、ダイオード D が導通するために必要なVfを、オペアンプ自身が**電源側から提供**することで、見かけ上、Vfの理想的なダイオード**として動作させていることになります。
この原理を使った代表的な回路が、アナログシンセサイザーなどで使われる高精度なエンベロープフォロワー(信号のピークを検出する回路)などです。
とりあえずうまくいきました。
ではAIに尋ねてみましょう。
ご指摘の通り、S. Arar Multiplierのオペアンプのフィードバックループ内にダイオードブリッジが組み込まれている構造は、単純な理想ダイオードでは再現が非常に難しいと考えられます。
🧐 S. Arar Multiplierの構造と理想ダイオード化の難しさ
S. Arar Multiplierのダイオードブリッジは、Bakuta Multiplierのような独立した精密整流回路の出力を合成しているのではなく、オペアンプの帰還パスと入力をまたぐ複雑な非線形結合を行っています。
1. ダイオードの役割:乗算項の生成
この回路は、入力 $V_A$ と $V_B$ の和と差($V_A + V_B$ と $V_A - V_B$)を内部で作り出し、その非線形処理によって乗算項を生成していると考えられます。
非線形特性の利用: ダイオードは、その非線形な $V$-$I$ 特性(電圧と電流の対数的な関係)を利用して、信号の二乗項や絶対値項などの非線形項をアナログ的に生成するために使用されています。
理想ダイオードの問題点: 理想ダイオード($V_F=0\text{V}$、オン抵抗なし、無限の逆抵抗)は、現実のダイオードが持つ滑らかな指数関数的な非線形性を完全に失っています。理想ダイオードは、単なる電圧制御型のスイッチとして動作します。
2. オペアンプの機能:ダイオードの非線形性を補償
S. Arar Multiplierの回路では、ダイオードブリッジを挟むようにオペアンプが配置されており、ダイオードの非線形特性や順方向電圧 $V_F$ の温度依存性をフィードバックで打ち消す役割を果たしていると考えられます。
Bakuta Multiplierは、ダイオードの $V_F$ の影響をオペアンプのゲインで補償する精密整流回路の構成です。
S. Arar Multiplierの構成は複雑ですが、ダイオードの非線形性を利用しつつ、それを帰還ループ全体で制御しているため、ダイオードの $V$-$I$ 特性そのものに強く依存します。
❌ 理想ダイオードで再現できない理由
S. Arar Multiplierの回路を理想ダイオードでシミュレーションすると、以下のような問題が発生し、元の回路と同じ乗算波形を再現することはできない可能性が高いです。
| 観点 | 理想ダイオードでの問題 |
| 非線形性 | 滑らかな乗算項(非線形処理)に必要な指数関数的な $V$-$I$ 特性が失われ、不連続なスイッチング動作になってしまう。 |
| フィードバック | オペアンプがダイオードのわずかな電圧変化(非線形性)を検出して動作しているのに対し、理想ダイオードでは動作が急激にON/OFFするため、フィードバックループが不安定になる、または期待する信号経路が確立されない。 |
| 温度特性 | 実際のダイオードが持つ温度係数を利用して何らかの温度補償を行っている場合、理想ダイオードではその効果が完全に失われる。 |
結論
S. Arar Multiplierのような非線形性の利用を前提とした複雑なアナログ乗算回路を再現するには、単なるスイッチとして動作する理想ダイオードではなく、可能な限りマッチングの取れたトランジスタや現実のダイオードモデルが必要です。
ダイオードを理想化することは、この回路の動作原理そのものを破壊してしまうことに繋がりかねません。
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